神経現象学リハビリテーション

 神経現象学リハビリテーションとは、神経科学の成果と現象学的な体験のレベルの経験を織り合せることで、人間の可能性の展開へと向かうリハビリテーションの開発と実行を意味する。

会長挨拶

 リハビリテーションは総合科学であり、人間の健康の維持と回復を希求する以上、どのような人にとっても欠くことのできない科学である。しかもそれぞれの人にとって、毎日の経験として感じ取られ、体験として生きられた現実性の豊かさを形成するものでなければならない。その意味でリハビリテーションは、たんなる総合科学でさえない。各人に固有の現実性のあり方を追求するのだから、体験された世界に不可分な現象学を必要とする。生きられた現実は、その現実のさなかにおいてしか知りようがない。とりあえず各人の固有の世界に接近するためには、現象学的なかかわりが必要となる。
 ところでリハビリテーションでの事象は、歩行できない人が再度歩行できるようになる場合のように、当人にとっては現にある事象以上にこれからさらに形成されていく現実性にかかわっている。つまり形成の可能性を含んだ事象が、取り出されてこなければならない。このことはたとえばクライアントからいまどのように世界が見えているかだけではなく、どのような世界へと向かおうとしているのかに方向づけられた「可能性へのまなざし」が必要となる。その点では、現象学そのものも進めていかなければならない。現象学的なまなざしは、基本的には静止した状態での物知覚をベースにして作られている。ところがリハビリテーションでの現実性の大半は、動作であり運動であり、さらに自己自身を形成するような形成運動である。いずれもプロセスのさなかにある事象であり、意識もそのさなかに巻き込まれるのだから、意識を知るという働きのみで活用することはできない。そこに膨大な工夫の余地がある。
 神経系の仕組みの詳細は、テーマや力点を変えながら、どんどんと進む。何をリハビリテーションにとって有効なデータだと考えるかは、患者とのかかわりで取り出されている人間そのもの、身体、動作、運動等々の「謎そのもの」に触れるようなセラピスト自身のセンスにかかわっている。たとえば脳神経系に障害が起きれば、そこからノイズが出ないように、神経系はその部分の働きをブロックしようとする。そのため患側での訓練を行えば、患側での活動を抑制し、対側で代替しようとする代償機能が、おのずと出現する。こうした抑制を解除しながら、治療を組み立てていく必要がある。そのためには、発達の仕組みを含めた神経システムの機構がモデルとして設定されてこなければならないが、この領域もいつも今始まったばかりのような課題ばかりである。
 そしてなによりもセラピストの反省的で、試行的なエクササイズの場所として、研究会は活用されねばならない。セラピストのなかには、名人芸と呼べるような知の枠を超えた技法や技術を備えた者たちがいる。そして多くのものたちは、語らないまま黙々と日々の営みを行っている。そうした技法のごく近くに行った者だけが、かろうじて感じ取れるような技法がリハビリテーションには多々ある。そうした技法のもつ固有性は、接近しようとするものにとってごく狭い「最近接領域」をあたえてくれるだけである。こうした場面で接近可能性の幅を広げていく働きこそ、研究会という場所である。
 2009年に研究会を開始して以降、毎年何度もコロックを行い、すでに多くの成果が蓄積されてきている。こうした成果を公開しながら、なお研鑽を積み上げていきたいと希望している。今後とも、多くの人たちの参加を願っている。

河本英夫

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